静岡地方裁判所 昭和39年(行ウ)16号 判決 1965年6月29日
原告 森本一男
被告 静岡地方法務局清水出張所供託官
訴訟代理人 岩佐善巳 外二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告は、「原告が昭和三九年五月一二日付でなした別紙表示の供託物の還付請求に対する異議申立につき、被告が同月二一日付でなした却下決定はこれを取消す。被告が訴外堀場に対しなした右供訴物の還付処分は、これを取消す。」との判決を求め、請求の原告としてつぎのように述べた。
一、原告は、宅地建物取引業を営むものであるが、昭和三七年二月二四日宅地建物取引業法第一二の二により営業保証金として別紙表示の供託物を静岡地方法務局清水出張所に供託した。
二、右供託物につき訴外堀場祐から被告に対し同法第一二条の四に基き還付請求がなされたので、被告は原告に対し供託規則第三〇条により右供託物の払渡に異議があれば申出るように通知した。そこで原告は、昭和三九年五月一三日付で適法に異議申立をしたところ、被告は同月二一日付でこれを却下した。原告はこれを不服として、さらに訴外静岡地方法務局長に対し審査を請求したが、同年一〇月一七日これを棄却され、ついで被告は訴外堀場祐に対し右供託物を還付した。
三、訴外堀場が本件供訴物の還付請求をするにいたつたのは、はじめ同訴外人と原告との間で清水市追分字小堀田二三五番地の一外土地七二坪につき売買契約をなし手付金として原告が金二五万円を受取つたところ、右土地の引渡が不能となつたため同訴外人より手付金倍返しの請求を受け、原告は同訴外人に対し額面二五万円の約束手形二通を振出し交付したが、清水簡易裁判所で調停の結果右売買契約は解除せられ、手形債権として右堀場が金五〇万円の請求権を有することとなつたもので、右堀場はこれが不履行を理由として本件供託物の還付を請求するにいたつたのである。
したがつて
(一) 訴外堀場が右供託物払渡請求の事由として主張する債権は、手形取引に基因するものであつて宅地の取引に関するものではないから原告の営業保証金たる右供託物の被担保債権となり得ないものであるし、
(二) 仮りにそうでないとしても、右土地は農地であつて、農地は宅地建物取引業法にいうところの宅地ではないから、これが取引によつて生じた債権をもつて本件供託物の払渡請求をすることは許されない。
ものというべきであるから、被告が右堀場の本件供託物の還付請求に関してなした前記原告の異議申立に対する却下決定およびこれが還付処分は、いずれも違法な処分たるを免れない。よつて、これが取消を求めるため本訴におよんだ。
被告指定代理人は、主文各項と同旨の判決を求め、答弁として「原告主張の請求の原因第一、二項の事実は認める。同第三項の事実中、原告が訴外堀場と原告主張の土地につき売買契約をなし、調停の結果右売買契約を解約することとして右堀場が原告に対し金五〇万円の請求権を有することとなつたことは認めるが、原告が手付金として金二五万円を受取つたことおよび右土地が農地であることは不知、その余の事実は争う。一般に供託官が供託物の還付請求を受理するか否かを審査するに当つては、いわゆる形式審査権を有するに止まるところ、本件においては訴外堀場の請求書添付の調停調書正本その他によると、本件供託物払渡請求の被担保債権が三和土地商社の名をもつて宅地建物取引業を営む原告がその取引により生じた債権であることが明白であるので、右堀場の請求を宅地建物取引業法第一二条の四の規定に該当するものとして昭和三九年一〇月二二日にこれを正式に受理し、認可したものであるから、原告の異議申立は理由がなく被告のなした各処分は適法であつて、本訴は棄却されるべきである。なお、原告と訴外堀場間の取引にかかる土地が農地であるとしても、県知事の許可を受けることを条件として売買契約を締結することは有効になし得るのであつて、右取引はこれを宅地に転用して建物の敷地として利用することを当然の前提としてなされたものであるから右土地を同法第二条に定める宅地すなわち建物の敷地に供する土地というに妨げなく、これが取引は同法第一二条の四に規定する取引にあたることは明白である。」と述べた。
証拠として、原告は、甲第一ないし第四号証を提出し、原告本人尋問の結果を授用し、乙号各証の成立を認め、被告指定代理人は乙第一号証、第二号証の一ないし三を提出し、甲号各証の成立を認めた。
理由
一、原告の主張する請求の原因第一、二項の事実は、当事者間に争いのないところである。
二、そこで、訴外堀場がなした本件供託物の還付請求に関して被告のなした各処分の適否について判断する。
原告は、訴外堀場が右供託物払渡請求の事由として主張する債権は手形取引に基因するものであるから原告の営業保証金たる右供託の被担保債権となり得ないものである旨主張するけれども成立に争いない乙第一号証、第二号証の一および原告本人の供述によれば、訴外堀場は原告との間の清水簡易裁判所昭和三八年(ノ)第一九号債務弁済調停事件について同年一〇月一四日成立した調停に基く金五〇万円の債権を被担保債権として本件供託物の還付請求をなすにいたつたもので、右債権は同日の調停において当事者間に昭和三六年二月二三日締結された原告主張の土地の売買契約が解約せられたことに双方同意し、右解約に基く債務として原告が訴外人に対し負担することを承認し、かつ、その弁済を昭和三八年一一月一日限り金二五万円、同年一一月、一二月各末日限り金十万円ずつ、昭和三九年一月末日限り金五万円と分割してなすことを約した金額であること、もつとも右調停前に原告は訴外堀場に対し右売買契約の解約のため額面二五万円の約束手形二通を振り出してあつたが、いずれも支払期日に支払われず、訴外堀場は右調停において原告が前記五〇万円の債務を承認したことによつて右約束手形金債務を免除したこと、そして右土地の売買契約は原告が営む不動産取引業の商取引としてなされたものであることを認めることができるのであるから、訴外堀場の右金五〇円の債権は不動産業者との取引により生じた債権であることは明白であるといわなければならない。この点の原告の主張は理由がない。
つぎに、原告は、右土地は農地であるから宅地建物取引業法の適用はない旨主張するので、この点について考えるのに、原告本人の供述によれば右土地は前記売買契約締結当時田圃であつたことが窺われるけれども、宅地建物取引業法第二条に定義する「宅地」とは建物の敷地に供せられる土地をいうのであつて、地目、または現況が農地であつても将来建物の敷地として利用する目的のもとに取引の対象となしたときはこれを同法にいうところの「宅地」といつて妨げないものと解するのを相当とするところ、原告本人の供述によれば、原告は、右土地が宅地に転用許可を受け得る見込であつたので将来建物の敷地に供する目的でこれを訴外堀場に売渡す契約を結んだものであることは認められるから、右売買契約の締結が同法第一二条の四に規定する不動産業者の取引に該当することは多言を要しない。したがつて、原告のこの点の主張も理由がない。
三、よつて、被告が右堀場の本件供託物の還付請求に関してなした前記各処分には何ら違法の点は認められないたら、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大島斐雄 高橋久雄 牧山市治)